東京家族

家族のあり方

家族についてどう思いますか、そう問いかけられると千差万別といった具合に色々な回答が返ってくると思います。個人的な意見としては、『かけがえの無いもの』というありふれた表現になってしまうが、そう考えている。普通はそのように考えるのが当然だ、などと思っている人が殆どだろう。けれど中には親との間に埋めようのない溝を抱えている人がいるのも事実。世間ではネグレクトの果てに我が子を殺したというニュースが当たり前のように報道される社会になっている。逆にこれ以上親に苦しめられたくないからと殺害してしまうケースもあるほど。世間で報道される家族のあり方は確かに変容してきているが、それでも命に対する見方が軽んじられるような世界になりつつある、そう見えることもある。

そんな社会になりつつある中で、家族というもののありがたさと大切さを語るようにして制作された作品があります。2013年に公開された『東京家族』だ。この作品は元は2011年末に公開する予定でしたが、その年に起きた東日本大震災の影響を受けたことによって映画など作っている場合ではない、監督を始めとして総意となり公開が先送りになったという経緯があります。このため当初予定していた脚本を一時改訂した上で、本来キャスティングしていた配役も一部変更するなどの対策が行われた。

含みを持たせて話をしていますが、何か特別な事件が起きて家族が引き離されるといった展開があるわけではありません。時代の最中で垣間見られる家族、その移り変わりの中で誰もが感じるありふれた現代社会で生きる家族に焦点を当てた物語になっているのです。

家族のあり方とはどうあるべきか、難解な問題ではありますが今一度考えさせられる作品であるのは間違いありません。

作品概要

家族というものの存在を改めて思い知らされる本作を見ていると、見ている人たちそれぞれの家族関係に照らし合わせるようにして物語の深みにハマっていく。最初から最後まで、今は経験しなくてもいずれそんな状況になると思えば今作に対しての見方も劇的に変化します。そう感じるだけの温かくもあり、時にシンと静かに響くように視聴している人の心を打ちます。

今作は先述でも話しましたが、元々は2011年に公開予定となっていましたが、東日本大震災の影響を受けて公開をほぼ2年近く延期する形になってしまった。それに伴ってキャストも一部変更することになる。主に変更された配役としては、

このようになっている。そう延期によって主演が交代するという事態になった。主演は既に故人であり日本の芸能界においてその名を知らないものはいなかった大重鎮でもある菅原文太さんが担当していたという。菅原文太さんが演じるお父さん役も見てみたかったですが、震災によってハートフルな演技をする以前に非常事態の最中で映画をとっている暇ではないという結論に至ったこともあった。その後は公開まで目処が付いても菅原さん自身の体調に関する問題もその頃からあったのでしょう。公開されてから1年後に逝去されているので、様々な事情が絡んでいただろう。

そんな東京家族、まずはおおまかにあらすじから見ていこう。

本作のあらすじ

瀬戸内海にある小島で暮らしている老夫婦、平山周吉とその妻とみこが子どもたちに会うために東京へ向かいます。迎えに来るはずの次男昌次がこないため、タクシーに乗って一先ず長男の幸一が郊外で開業医として営んでいる場所へと向かった。到着し、久しぶりにあった孫が気づけばとても大きくなっていることに驚きつつも、出迎えてくれた長男とやってきていた長女、遅れて後から合流した昌次もやってきた。

久しぶりの家族団欒に嬉しく思う周吉ととみこの二人。それからは帰宅するまでの間、子どもたちと久しぶりに過ごそうとしますが、長男の幸一はもちろんのこと、長女の滋子も仕事があるため良心に構っていられない。変わって時間の都合がつく昌次が応対するも、道中で立ち寄った飲食店で父親との間に険悪な雰囲気が立ち込めてしまいます。

滋子からせっかくだからと高級ホテルに宿泊してのんびりしてはどうかと勧められるも、することがないままただ時間だけが流れるだけだった。こんなことをしに来たわけではない、求めていた時間とは違った場面が連続する中で、とみこは昌次に起きようとしている事実を一つ知ったことで大いに喜ぶ。それだけでも良かったと喜びますが、ふと訪れたのは衝撃的な展開が待ち構えていた。

タイムリーな話題を盛り込んでいる

脚本を一部改訂したと紹介しましたが、それがよく分かる部分が今作に出てきます。周吉ととみこが長女滋子の家にとある事情からいられなくなり、一日だけそれぞれ別行動をすることになった。とみこは昌次の家に泊めて貰おうと尋ねたのに対して、周吉は友人宅に泊めてもらおうと足を運ぶ。前者のとみこは次男の婚約者と出会い、とても楽しく過ごせましたが、後者の周吉は暗い気分に苛まれます。何より、泊めてもらおうと思っていた友人宅は東日本大震災で母を亡くした妻がいて、神妙な表情で思い出を語る姿に心が突き動かされます。瀬戸内海で住んでいるため直接的な被害を受けていないものの、海辺に住んでいるという点ではよく似ているので思うところがあったのでしょう。

友人曰く、奥さんに頭が上がらない息子の姿から泊められないと言ってしまいます。酒が入ってきたため、周吉も長男に対する思いなどを吐露する一方で、住んでいる街がドンドン廃れていってしまう状況を嘆く姿にも何処か心動かされる。

他人事ではない

今作を見れば分かると思いますが、劇中で語られている物語を『フィクション』と決めつける事が出来ないリアリティが内包されています。そう、何しろ劇中での展開はだれにでも起こりうる可能性の一つで、どんなに円満な家族であったとしても状況によってはそれが時に縛りとなってしまうこともあるからだ。

何より子どもたちに会うために東京へ足を運んだのに、仕事やら都合やらが重なってしまって過ごしたかった時間が思うように過ごせなかったという点を嘆く姿にしんみりさせられます。親との仲が決定的に断絶している人ならばともかく、良好な関係の人ほど危惧しなければならないありふれた危険が表現されているのです。

あの名作をリバイバル